落語家たちの前座修業時代の話をインタビュー形式でまとめた本
本書に登場するのは、柳家小三治、三遊亭円丈、林家正蔵、春風亭昇太、立川志らくの5人。この5人が落語家になるまでの修行のエピソードを語る。
三遊亭円丈をして、「人間じゃないんだから、前座って立場は」と言わしめる前座修業時代。
門を空拭きし、真冬に冷たい水で雑巾をゆすぐ。帰ってもよいといわれて帰ると「帰ってもいいということは、いてもいいということだ!バカヤロウ!」と怒られる。
彼らはそんな修行をして落語家になっているのだ。
そんな前座修行のとらえ方は5人とも様々
円丈「夢の実現のために耐える。こういう時期が人生にあってもいい」
正蔵「いつか心が折れてしまうことがないように修行するのだ」
小三治「身体を使って物事に相対することを学ぶことであり、いつかそれが落語に表れる」
志らく「自分の頭を使って対処することを身につける時期なのだ」
昇太「噺家として意味があったかはわからない。ただ、この時代が落語の修業ではなく人間としての修行時代だったことだけははっきりしている」
働きだして、初めの方は作業自体に意味があるのかないのか迷う時期があると思う。こんな仕事を自分はやりたいのではないという時期もあるだろう。
そういうときに、まだ自分は前座なんだという意識を持つことは大切なのではないだろうか。ありのままを学ぶ時期があってもよいと思う。
ただ、春風亭昇太が言うように
「未熟であってもプロはプロ。どんな言い訳もそこにはない」
あってはならないのだ。
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