日本人が、英語を母国語とする人たちの中に混ざって英語で議論しようとすると、なかなか話に入り込むタイミングがつかめないことが多い。

ちょうど、高速道路に合流できずに立ち往生している初心者ドライバーのような状態になってしまう。

これは、日本語と英語の構造の違いによるものなのです。

英語を話す人たちは、「相手が話し終わる前に次の人が話をスタート」させますが、日本語では「相手が話し終わるのを待って、次の人が話し始める」のです。
ですからタイミングが合わないのも当然なのです。

もちろん、日本語でも、人の話の途中で割り込む人もいますが、 原則として、それは礼に反するのです。

英語の環境においては、相手が話し終わる前に自分が話し始めても、全く失礼ではないし、それが当たり前のリズムなのです。

どうしてそれが当たり前なのかというと、英語という言語は、基本的に、最後まで聞かなくても相手の言いたいことの意味が取れるからです。

例えば、I won’t go shoping today.と言われれば、その時点の会話はショッピングがテーマになっているのでしょうから、I won’t go…のあたりまで聞けば、もう相手の言いたいことのポイントはわかってしまうのです。

だから、セリフが終わる前に次の人は自分のセリフを準備できる。
特にスピードのある議論などでは、相手の言葉が完結する前に自分のセリフをスタートさせなくてはならない。

つまり、「(ショッピングに)行くのか/行かないのか」というような、情報の重要な部分を、文章の「最初の方」の持ってくるのが英語の特徴なのです。

ところが、日本語は最後まで聞かないと相手の言いたいことがわからない言語です。
「今日はショッピングに行きま・・・」まで聞いても、「(行きま)す」なのか「(行きま)せん」なのか判断できない。

最後の単語まで相手の話を聞かなくては、相手の言ってることを聞いたことにはならない。それでも相手の話が終わる前に話し始めたのなら、それは、「あなたの話を聞くつもりはない」という意思表示になってしまうのです。だから最後まで聞かなくてはならない。

日本語を母国語として育った人にとって、相手の言葉を最後まで聞くのが無意識に染み付いてしまっている習性なのです。

日本語は、情報の重要な部分を、文章の「最後の方」にもってくるという特徴がある。
英語と逆なのです。

強いリーダーはチームの無意識を動かすに書いてあったこと、納得なので転載。